ホロスコープから作戦を立ててもらいました。


おかしな天候の夏ですが、みなさんご機嫌いかがですか?



先日、Twitterで久々に『プチお告げ』をお願いしました。

そして少し経ってから

お礼のリプで『重箱の隅をつつきます』と書いた…けれど、よくよく考えると自分のスキルやできることや持っているものを検証し直すというのは私にとってはとても苦手なことなのでは?と思い至ってます。すぐに『こんなことはできることのうちに入らんしな。』と思ってしまいがちな自分に気づくなど。

とツイートしました。簡単ではない課題です。

すると、以前お願いしてあった白珠さんの鑑定結果が届きました。交換セッションということでお願いしてあり、リニューアル前にお願いしていたのですが、リニューアルした形で届けてくださいました。



必携!あなたの作戦鑑定 
 この度は「必携!あなたの作戦鑑定」を受けてくださり、ありがとうございます。 
 この鑑定では、3つの作戦をあなたのホロスコープから考えます。 
 1つめは、「守り」の作戦。 
体と心を大事にいたわりたいとき、自分の軸をしっかり意識したいとき、穏やかな幸せを満喫したいときの作戦です。 
 2つめは、「実行」の作戦。 
今日はやるべきことをしっかりこなそう、学びや仕事、生活のあれこれなど、自分が担うことと向き合っていこうというときの作戦です。 
 3つめは、「成長」の作戦。 
今の自分よりもっと大きな自分になりたい、さらに高いところへ行きたいと考えているときのための作戦です。
これから、それぞれの作戦をお伝えしていきます。 
 しばらくの間、お付き合いください。


■「守り」の作戦 
 たみえ様に基本としていただきたい「守り」の作戦は、「自分の違いを認め他者の美点を愛する」です。  
 基本的な心の持ち方として、自分自身で考え、納得したことを大切にする方です。たとえ自分のの考えが世の中の一般的なものと食い違うとしても、ご自身の信じるところを守られるのが、最後にはたみえ様を助けることになるでしょう。ただ、外から見たたみえ様の印象として、着実に現実的な選択を行い、また変革よりも現状維持の努力をより高く評価するような方というところがありそうなので、もしかすると、イメージと違ったと驚かれることも多いかもしれません。あるいは、ご自身の中でも、信頼できる人の意見に従うことがよいのではないかという揺れや、自分が考え抜いた実感そのものを疑う気持ちが出てくることもありそうです。驚かれるたびに、あるいは疑いが出てくるたびに、丁寧に「自分で考えて納得したことに従うんだ」という原点に立ち返るようにすることが大切です。 
 そして、たみえ様は、この世界に存在する様々なものの中に潜んでいる美点を、それがどのような形をしていようとも見つけ出して愛せる、心の視力を備えています。この視力が広く行き渡り、あらゆるものが良しとされ、自然のあり方でいられる世界、もはや「認められる」「愛される」といった言葉が必要でないくらいの状態で、たみえ様の心は多くの喜びを得られるようです。どうか、垣根を作ることなく、多くの人や物事と触れ合い、それぞれの美点を見つけ出していってください。最初は、ご自身からの持ち出しと感じられるかもしれないのですが、互いに美点を認められ、適した場所で適した生き方ができる環境でこそ、たみえ様の「自分で考えたことを大切にする」心も、無理なくリラックスしていられるはずです。まずはご自身から、ご自身のためでもある世界を作るつもりで、目の前のものの美点を喜んでみてください。 

■「実行」の作戦 
 たみえ様が日々のやるべきことに向かうとき、よりよい形を取るための「実行」の作戦は、「現実的な視点を客観性を保って伝え続けること」です。 
 ご自身が目指すのは、時間と共に洗練され、日々の実用の中で磨かれてきたものを、あくまでも現実の中で役に立てることではないでしょうか。先ほどお伝えした、ご自分の頭で考え抜いて信じるものを見つける心と合わせて、何に対しても「これは現実的に役に立つだろうか?私の信じるものに一致するだろうか?」という、実用と理念の2つの軸で見定めることになるでしょう。
あわせて、たみえ様の特徴として、今ここ・自分だけでなく、全く別の時間や場所に存在する他者のことまで考える視点を持っています。あくまでも目の前にある課題を解決するための手立てでありながら、同時にその影響が広がっていく誰かにとっても追い風となる、幅広い効果をもたらせる行動を起こせる方です。 
 こうした、現実と理論の2つを併せ持った着眼点は、たみえ様の場合、淡々と客観的な立場から発せられる言葉や行動によってこそ、一番活かされるようです。たみえ様の言動に触れる誰かが、たとえその前はどのような状態であったとしても、たみえ様と関わりを持つことで、冷静に自分自身を見つめ、原点に立ち返り、自らの力で最良のドアを開けていくことができるよう、たみえ様は鏡であればよいのではないかと思います。鏡といってもそこにいればよいわけではなく、日々自らを磨き、過度の思い込みや一時の感情で映るものを歪ませないように自らを律する、果てのない鍛錬が必要です。おそらくは、たみえ様がそのように日々たゆまぬ努力をし、自ら考え続け、課題に目を向けて取り組んでいく姿そのものが、他者への最良の助言となるように思います。そうやってご自身の持ち場に立ち続けることで、胆力が養われ、鏡として映し出せる像の奥深さもさらに増すことになるでしょう。
  
■「成長」の作戦 
 たみえ様がより高いところを目指したいと思うときに取っていただきたい「成長」の作戦は、「衝動を許すこと」です。 
 たみえ様と他者が関わるとき、他者はたみえ様に対して、自分をほどよく適切に評価してくれる感覚の適切さや、適材適所として全体の調和を美しく保ってくれる手際のよさを見出し、期待するようです。また、たみえ様ご自身も、自らが裏方に回ることを選択すれば、ご自分の適切な働きゆえに全体がよりよくまとまり、輝きを増すのではないかと考え、またそのように行動することもありそうです。一方で、ご自身が思ったこと、感じたこと、こちらの方に行けばいいのではないかという直感を、「そのまま」の形で表に出すことには、何か許されないような気持ちがあるかもしれません。しかし、ご自身の成長を願うのであれば、この「そのまま」と、ぜひうまくお付き合いいただきたいのです。ホロスコープを拝見している限り、たみえ様の直感が働くのは、夜に夢を見ている時のように、どこで何をしていて、ゆくゆくは何の役に立つのかといったことがすぐには分かりづらい領域のような気配があります。それでも、ひとつひとつご自身の直感をそのままに活かしていくことで、見えないパズルが水面下で少しずつ組み立てられ、世界もたみえ様もよりよい形に整えられていくでしょう。ご自身の客観性や実用性という美徳を存分に培い、発揮した上で、それらを土台として研ぎ澄まされた直感をそのまま使って進んでいくことが、これからたみえ様の成長していく先かもしれないと感じました。 

■終わりに 
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。 
 読み返してみると、たみえ様へのファンレターのような鑑定になっている気がしてきたのですが、「いつもお世話になっている方」というフィルターを極力外して、ホロスコープを虚心に読むように努めたつもりです。考え抜く力と、課題を解決できる力を備えているからこそ、より磨き抜かれた直感を信じていただけたら、時にはたみえ様のブレイクスルーにもなるのかなと、ホロスコープを一通り拝見して感じています。 
 この鑑定が何かのお役に立てていれば幸いです。

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まず、白珠さんにも伝えたのですが、この3つの切り口は絶妙で、単にホロスコープを通して自分のアウトラインを知るというだけでなく、意識のベクトルによっても(資質を鑑みた上でよりナチュラルに志向した場合の)自分はこんなに違うんだな、ということを提示されるのが興味深く、人によっては自身を肯定される感覚になるだろうし、人によっては自身の(思い込みによる)不自然な選択が自分に合ってない可能性に気づくキッカケになると思いました。興味がある方は↑の白珠さんのツイートをクリックしてみてください。



それで、私の鑑定内容についてなのですが、『守り』については「その通りです!」と言いそうになりました。
自分で考え抜いて納得したことしか自分は従えません……が、鑑定通り『揺れる』し『疑う』のです。自分ごときが考えたことなんてたいしたことない、とか、自分の能力や知識なんてたかが知れてる、とかが自分の土台近辺に常に存在し、自分より知識や能力や経験が豊かな人の意見の方が正しく思えてしまって悶々としてしまうのです。悶々とするということは何か納得していないはずで、そこを考えても考えても正解が分からないことが多いのです。何がより正しいのか、何がより真実に近いのか、を求め過ぎてしまっているのでしょうね。
とは言え、最近も最近になって、正しいって何だよ?ってなってるんですけどね。絶対的正しさに近づこうとするのは一神教的強迫観念みたいなもんじゃね?って。それが悪いわけじゃないし必要なことでもあるんだけど、7歳からこんな感じで進んできたけどなーーーーーーーんか違うってどんどん感じるようになっていたのです。真・善・美の真を求める比重が大きくなり過ぎてバランスが悪くなってるような気もするのです。または、真実を求める方向が違うというかなんというか。それが宗教的な神であれスピリチュアル的な創造主であれ、いくら脳内でワンネスだ何だと観念的には表現していたとしても、世界の真の姿を請け負っているそれらは『今の自分にとっては』どうしたって【対象】でしかないのでは?と思うようになってきたんです。自分の外にある対象を分析する科学的思考の焼き直しみたいな感じです。(科学はべらぼうに好きだけどね!)違うフレームの必要性をやっと感じるようになった、という感じですかね。
なので、
  • 丁寧に「自分で考えて納得したことに従うんだ」という原点に立ち返るようにすることが大切です。
  • この世界に存在する様々なものの中に潜んでいる美点を、それがどのような形をしていようとも見つけ出して愛せる、心の視力を備えています。
  • この視力が広く行き渡り、あらゆるものが良しとされ、自然のあり方でいられる世界、もはや「認められる」「愛される」といった言葉が必要でないくらいの状態で、たみえ様の心は多くの喜びを得られるようです。
という指摘は実にタイムリーなもので、原点に立ち返ったならば、ソレについては喜びを感じられる方向が示しているのだろうと思いました。
  • 最初は、ご自身からの持ち出しと感じられるかもしれないのですが、互いに美点を認められ、適した場所で適した生き方ができる環境でこそ、たみえ様の「自分で考えたことを大切にする」心も、無理なくリラックスしていられるはずです。まずはご自身から、ご自身のためでもある世界を作るつもりで、目の前のものの美点を喜んでみてください。 
持ち出しとは感じないとは思いますが、確かにそういう世界が心地よいと感じるでしょうし、子供の頃はそうだったんですよ。これは誇張でもなんでもなくマジでなんですけど、嫌いな人がいなかったんです。みんなどこか良いところがあるから嫌いと感じなかったんです。苦手だからあまり関わりたくないと思うことはありましたけど、誰かを嫌うという感覚が14歳の頃まで無かったんです。あれが自分の自然な在り方だったんだろうなー…なんて読んでいて思いました。


『実行』に関しては、「鏡のように在りたい。」と思いました。五井先生が「業想念が消えていくにつれ霊本来の輝きが顕れ、そこにいるだけでスーっとした人になる」という内容のことを言っていて、常に自分の中ではそこがひとつの目印になっています。
そしてもうひとつ。自分が所属しているグループソウルを観た時に私は自分が「道しるべ」のグループに属していると知り、ちょっと腑に落ちたんです。こういう考え方もあるよ?こういう視点もあるよ?こうするのはどぉ?こういうのもあるよ?と提示したい気持ちは大きい……のですが、それは役に立ててもらうこともあれば要らんお節介にもなる場合もあるわけで、そこらへんの塩梅が難しいなぁ~といつも感じています。失敗もしてます。いろいろ。
ですから、「なるほど!鏡か!」と思ったわけです。淡々と現実的視点を客観性を保って伝え続けることで、相手にとって勝手に鏡になることがあるならば、それでええやん、と。どこか「より好ましい状態になって欲しい。」みたいなお節介でエゴエゴしい想いがあって、それがややこしいことにしているんちゃうか?という読みはあったんですが、なかなかそこをうまいこと切り離せずにいました。そのお節介でエゴエゴしい想いを裏側で支えてるのが「道しるべ魂」みたいな感じがしていたからです。うまくベリっと剥がせないからそのままにしておくしかなかった…というイメージです。その剥がし方を示してもらったとも言えるかもしれません。
子供たちも大きくなってきましたし、ちょうど良いタイミングです。鏡はせっせと磨きます。そこに立ち続けるために。


最後の『成長』ですが、『衝動を許す』というのが意外でした。
しかし、衝動という言葉の定義がどうも私と白珠さんで違うようだぞ?と感じ、読み返していたら「なるほどね。」となりました。私の中で「衝動」というのは"自分にとっても他人にとってもよろしくないくせに抑えるのが大変な強い厄介な感情"という定義づけがされていることに気づきました。でも白珠さんの言う衝動はコレじゃないですもんね。直感をそのまま出すことを躊躇い過ぎてるよ、ということですもんね。
  • ホロスコープを拝見している限り、たみえ様の直感が働くのは、夜に夢を見ている時のように、どこで何をしていて、ゆくゆくは何の役に立つのかといったことがすぐには分かりづらい領域のような気配があります。
自分の直感しか知らないので、「そうなのかー。私の直感ってそうなのかー。」となりつつ、「でもなんか分かるかもー。」となりました。そうなんです。直感ってもなーーんだかもや~んとしてるような掴みどころのなさが大きい…というか、輪郭がハッキリしなさ過ぎなのです。直感ってそういうものなのかと思ってましたけど、私のはぼやんとし過ぎてて分かりづらいのかもしれないですね。だから思考で補おうとしまくってる気がしなくもないです。そして、
  • それでも、ひとつひとつご自身の直感をそのままに活かしていくことで、見えないパズルが水面下で少しずつ組み立てられ、世界もたみえ様もよりよい形に整えられていくでしょう。
  • ご自身の客観性や実用性という美徳を存分に培い、発揮した上で、それらを土台として研ぎ澄まされた直感をそのまま使って進んでいくことが、これからたみえ様の成長していく先かもしれないと感じました。
ということなので、
思考で補うのではなくて研ぎ澄ませ!俺!
と、ちょっと今までとは違う方向性を獲得した思いです。
……と言いますか、振り返ってみると高校生までは直感に突き動かされて行動したということもあったのを思い出し、直感をそのまま出してみる・その衝動を許す、というのはああいうことだったのかなぁ?と思ってみたり。

なんだか、くるっと一周してるような、そんな感じもありますね。
らせん状に成長するっていいますしね。そうなのかもしれないです。



というわけで、白珠さんありがとうございました。
重箱の隅を少しつつけた気がします。

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