『これじゃないと感』まで『好き』が昇華しない病なのかと思っていたのですが。

この半年の間のいろいろなことで、書けることは書いておきたいなぁ…と思ってはいるのですが、まずは直近のことから。

先週のことです。
射手座の新月の日でした。
Twitterで占いアカウントさんの一連のツイートにハッとしました。
意訳すると、
好きなことを続けることで成功するというのは間違っていないけれど、「好き」という感覚よりも「ついやってしまうこと」の方が意味が大きいかも
(たとえば、公園でおじいさんおばあさんにきっかけを作って会話して心のデトックスをさせるのが得意な人も、それはついやってしまうことであって自分がしてあげてるなんて思っていないけど、案外みんなができることではない)
…というツイートでした。
さらに、
弱者ケアをする人は『対人障壁エネルギー』が強いと勤まらないので、ライツ(←太陽と月のことです)やアセンダント(←生まれた瞬間の東の地平線)に強く海王星が効いているといい
…とも書かれていました。
※それは確かにそうかもしれないと思うのです。というのもダウン症の息子がいろいろお世話になっているところで『対人障壁エネルギー』が強いと感じる方は、私が見てても「あまり向いてないんじゃないかなぁ。」と思えます。気持ちの問題じゃなくて本当に向き不向きの問題。


そして、私はこのような一連のツイートをしました。




※『似』→『に』







すると、その占いアカウントさんがリプライをくださり、そこから1対1のDMで会話をさせてもらうことができました。
私のホロスコープを見てくださり、実に興味深い解釈を伝えてくださいました。

私は主要惑星で火のエレメントなのは牡羊座の土星だけです。
これは土星にとっては居心地の良くないサインでもあります。せっかくの火なのに。
海王星がライツにアスペクトしていて、火のエレメントが弱く、また「月が水瓶座」というのは「自分の感情がよく分からない」傾向が強いそうで、その三大効果で「自分が何が好きかよく分からない」になっているのかもしれないということ…に加え、私の金星(とキロン)は魚座でして、魚座のルーラーは海王星ですから、「海王星フルコース」なんてお言葉をいただきました。
フルコースですから、ヒーラーであってもおかしくはないらしいのです。


あ。
ちなみになんですが、
実は娘が12室水瓶座で太陽と海王星とキロンで合でして、さらに魚座アセンダントの周辺に水星・金星・天王星・ドラゴンヘッドが集まっているというホロスコープでして、娘も私に負けず劣らずの海王星女子であります。いや、私より強いですね。
娘は不思議と保育園の頃からアスペルガーの子たちととても上手に付き合うことができました。
他の子たちはその子たちとしょっちゅうケンカしてましたし、今でもしょっちゅう怒ってるクラスメイトがいるんですけど、娘は一度もその子たちを怒らせたことがないのです。「怒るポイントが分かる。」と言うのです。
弱者ケアにとても向いてる子だと思います。


…と、私の話に戻りまして。
しかし、です。
占いアカウントさんがおっしゃるには、ヒーラーであってもおかしくない…のだけど、海王星が強いのに、ライツが『お祈り一辺倒ではない』ね、と。
これがもし太陽も水瓶座かライツのどちらかが水のサインだったら、スピリチュアルまっしぐらだったでしょうね、と。
この『お祈り一辺倒ではない』という表現がとても的確だなぁ~と感心したのですが、まさにその通りでして、私の太陽は山羊座最終度数でMCと合なのです。
これって『(ヒーリングなどのエネルギーを扱うのではなく、どちらかというと頭脳を使って)自己実現でもあり社会のためになるような仕事に従事する』みたいなイメージなんです。
あと数時間遅く生まれていたら太陽は水瓶座でしたし、翌日だと月が魚座(水のサイン)でした。
でも私は【オカンが初産にも関わらず、産気づいて3時間で生まれた】のです。それも予定日ピッタリに。
もうね、

この日この時間、このホロスコープで生まれたかったのね、私

と思ってしまうのです。
それでも実はこの「MC合で山羊座最終度数の太陽」というのをずーーーっと重荷に感じていました。
https://sutakuro.com/2016/05/yagi300/
これを読んでもらったら分かると思いますが、「私、魂のやりたいことをやり遂げるには、大き目の会社のCEOか国会議員にでもならんとアカンの?」と思っちゃうような説明なのです。
20歳で慢性的体調不良に陥ってからは、とにかく「いつ体調不良になるかもしれないから人様になるべく迷惑をかけないようにしないと。」と考えながら仕事もやっていたので、積極的に仕事を開拓するという意気込みなんて全くありませんでした。
与えられた仕事を期日までに仕上げることで精一杯でしたから、自分が人の上に立って仕事をするというのも考えられませんでした。
それなのに太陽が射す方向はあんな感じですし、お父ちゃんにも「お前は社長タイプだ。」と昔から言われますし、自分の太陽をこっそり重荷に感じていたのでした。
14歳で夢を諦めてからは強烈な「これが好き!これやりたい!」も無いのに、何をしたらいいかさっぱり分からん…アカンなぁ…と、どこか自分を責めてましたし、なんなんら呪ってすらいたかもしれません。
ああ……呪ってましたね。私。自分を。


でも、占いアカウントさんはおっしゃってくださいました。
(魂として)そういう軸が既にあるから、個人単体としての「これをやるぜ!」が希薄でも、それはそれで調和が取れていると思いますよ、と。

泣きそうになりましたねぇ…。
言葉が有り難かったかったです。


…とツイートした後に、とある喫茶店に行きました。
そこで開催していたアート展を見るためと、芸術がお好きでスピリチュアルなことにも偏見の無い店長さんと軽くおしゃべりするためでした。なつめ茶を飲みながら。
これはレモネード。こっちも好きです♪


が、
カウンターの席に座ると、1つ席を空けて隣に座っていたご婦人のことを店長さんに紹介され、彼女の話を聞く流れになりました。
障害のあるお子さんがいるその方の話を聞いていると、ほんとうにしんどかっただろうなぁ…と簡単に想像がつくものでした。
私が「障害者の母」だと知って彼女は心を少し緩めて話をし始めたように感じたので、彼女の想いを否定しない相槌を打ちながら話をずっと聞いていました。
彼女の話がある程度一区切りになったかな~?と感じたところで、なつめ茶も飲み終えていましたし、ちょうどいいかな?と思って「今夜のおでんの具をスーパーに買いに行くのでこれで失礼しますね~。またお会いした時はよろしくです~。」と、喫茶店を出ました。


すると。
その晩、店長さんに別件でメールをしたところ、その返事の中に
「今日は〇〇さんのケアをありがとうございました。」
と書かれてあったのです。
一瞬「?」が頭の上に浮かびました。

ケア?
ケアなんてしたっけ?
私、否定せずにお話を聞いてただけやんね??
彼女にしたら同じ「障害者の母」だから話しやすかっただけやない?

…と反射的に思ったのです。
でも、もしかしたら、あの店長さんがそう言うのだから、『お客さん同士で昔話を話す・聞くというあのようなアットホームな喫茶店ではよく起こること』だったあの時間が、彼女にとっては少しでも心がほぐれるものだったのかもしれない、と思ったのです。
私が帰った後、彼女と店長さんがどんな会話をしたのかは分かりませんけど、店長さんから見て彼女が少しほぐれたように見えたのなら、「ケア」という言葉のチョイスにもなるのかなー?と思いました。

だとしたら、占いアカウントさんのツイートにあったことそのまんまだなぁ~…と思い、ちょっとクスリと笑ってしまいました。
太陽はアレだけど、それがなんのためかはまだ分からないけれど、とにかく「ついやってしまうこと」をついついやり続ければいいのかなぁ?なんて思いました。





で。
昨日ふと気づいたんですけど、
以前はアレくらいしんどい話を聞くと、『対人障壁』がゆるいせいか、どよーんとしたり身体がしんどくなったりすることもちょいちょいあったのですが、そういえばそれが無かったのです。
エネルギーワークのおかげで障壁のゆるさを活用しながらも防御できてるんじゃね?!とハタと思いました。
なんとありがたいことでしょう。
これならついついやっちゃっても大丈夫そうですね。

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